« 鉄人衣笠祥雄 死去 | トップページ | 世界卓球選手権南北朝鮮合同チーム »

2018年5月 2日 (水)

朝鮮半島南北首脳会談

 平和&スポーツあれこれ

   こんばんわ!

ゴールデンウィークの真っ最中!

みなさん、楽しんでいますか?

遅い時間、ブログを書きました。

読んで下さい。

ぼくは、

スポーツの平和創造機能を語り続ける

スポーツ弁護士のぶさん です。

NO.127

今回は

平和学としてのスポーツ法入門民事法研究会 以下入門●p

と関連して

平和の問題、南北朝鮮首脳会談です。

まずにっこりマークから

平和&スポーツあれこれ

もともと、

ぼくがこのブログを始めた一番の理由は、世界平和のために少しでも役に立つことをしようとの思いからです。

そして、平和な世の中にするためには、いろんな方法や手段があるけれど、

ぼくは、

平和な国際社会を創るためには、スポーツが良い道具だと思いついたのです。

 その、実際の内容や具体例、法的根拠などについては、

上記書籍の中で書いているのですが、

今回、

4月27日、いろいろ思惑はありますが、直接、平和を求めての南北首脳会談が行われたのです。

そうなんです。

スポーツを始めとして、いろんな「創る平和」の道具や仕掛けはありますが、

国の権力を握る者同士が、

理性的に話し合うことほど平和に寄与するものはないでしょう。

だから、この南北首脳会談を書かないわけにはいきません。

伏線ときっかけがありました。

今年1月に、北朝鮮のトップ金正恩朝鮮労働党委員長が、

突如、平昌オリンピックに北朝鮮が参加すると宣言してから

一気に「スポーツと政治」がリンクして、

北のトップと韓国(南朝鮮)トップ文在寅大統領との南北首脳会談が行われたのです。

1.金正恩と文在寅

 この2人は、年齢や服装、髪型、体重(?)など、いろんな意味で対照的です。

しかし、言うまでもなく最大の違いは、

独裁者の子(孫)であり、自身が

圧倒的な独裁者である北の金。

選挙で選ばれ、限られた

任期付き大統領である南の文。

と言う違いです。

2人は、北緯38度線にある南北境界線の板門店の韓国側施設「平和の家」で会談し、

「完全な非核化」を通じて

「核のない朝鮮半島を実現する協同の目標を確認した」

とする「板門店宣言」に署名しました。

2.どちらが役者?

 全人類注目のこの会談は、生中継され、

全世界へ一斉発信(但し、北朝鮮は除く)されました。

マスコミの評価は、

金氏が馬鹿でも狂人でもなく、

むしろ大変な役者であるというのが、大方の見方だったと思います。

曰く、

金氏は、最初の対面からサプライズに出た。板門店で南北軍事境界線を示す縁石越しに握手して韓国側に一歩踏み出した際、文氏が「私はいつ北朝鮮側に行けるのか?」と言うと、即座に「では、今越えましょうか」と手を取って北朝鮮側に入った。 

 また、当日まで知らされていなかった金氏の夫人の晩餐会への出席も、ファーストレディを同伴することで、国際慣例に準拠した「正常な国家」を印象づけた、

などなどです。

3.今後の展開

 ただ、多くの識者の評価は、

今回の南北首脳会談は、今後行われる金氏とアメリカのトランプ大統領との会談の前哨戦・露払いであるとの見方です。

それはその通りだと思います。

北が望むのも、まさしくアメリカとの直接対話だからです。

核のない朝鮮半島と言いますが、その道筋が明らかにされたわけではありません。

これは、トランプ氏との会談の行方を見るしかありません。

 1950~53年に激しく戦われた朝鮮戦争は、まだ終結しておらず、だからこその休戦ラインですが、それについては、年内に終結宣言を目指すともされました。

 そうなれば、それはそれで画期的なことです。

 日本としては、拉致問題、それが置き去りにされそうな気配もありますが、日頃の外交努力の結果が示されるのかもしれません。 

4.ぼくの思い・・平和への道

 一触即発と言われた、ほんの数ヶ月前、

でも楽観主義のぼくは、大丈夫だろうと思っていました。

なぜ、そう思ったかというと、他でも話したこともありますが、ぼくは、亡くなった父弘良と、1962年の「キューバ危機」を、ホントに恐い思いでテレビにかじりついて見ていた、米・ソで核戦争になるのではとドキドキしていた記憶があるからです。

それと比べれば、今回の米・北のやりとりなんかは・・・という感じです。

今、本当に怖がっているのは、金正恩氏だけだとぼくは思います。

叔父をそして実兄を無慈悲に殺害したのも、笑顔で握手するのも同じ金正恩氏だとはっきり認識することが大切です。

それが権力者であるし、冷酷な国際社会なのです。

 それでも、

この南北会談、

スポーツ(オリンピック)が、一つのきっかけになったことについて、ぼくは、

やはり「スポーツの平和創造機能」という風呂敷を広げたくなりました。

それでは、

今日の一曲  

槇原敬之

平和への道は遠いです、本当に遠いです。

でも、絶対に諦(あきら)めずに、

少しずつ、前へ前へ。

遠く遠く

それでは

平和学としてのスポーツ法入門

(民事法研究会)より

今日は153pを引用します。

スポーツ弁護士のぶさんが代理人として動いたときの話です。

ぼくは、サッカー選手宮本恒靖選手の代理人を努めたことがあります。
 2002年は、日韓でのサッカー・ワールドカップが開催された年として記録され記憶されています。

ぼくは、このワールドカップでの日本代表キャプテンを務めた宮本選手の代理人もさせてもらったのです。
 宮本選手は、大阪の出身ですが、代理人をしていた2000年当時は、まだ不動の日本代表ではありませんでした。

ただ、甘いマスクとクレバーさで、

特に若い女性には大変人気がありました。

2001年、ニュースソースは分かりませんが、

宮本恒靖がイングランドのサッカー・プレミアリーグのウェスト・ハムに移籍するとのニュースが流れました。

実際、英語も得意な彼は、本気で移籍を考えていたのです。

そして、ぼくは、選手としてももちろんですが、彼の今後のキャリアにとって、外国へ行くのは大変意義があると思い、

全面的に応援し、移籍契約締結に向け努力していました。
 当時所属していたガンバ大阪の親会社であるパナソニックの法務部の方や、

ぼくの事務所に来ていた帰国子女で英語が堪能な掛樋美佐保弁護士(当時修習生)の応援も得ながら、

イギリスとの時差を克服しつつ、ようやく双方の実質的な合意が成立したのです。日本の夜中に太陽法律事務所からイギリスに国際電話していました。
 ところが、実質合意が成立したのに、結果的に移籍は実現しませんでした。

イギリスからの労働ビザが下りず、

ウェスト・ハムから契約断念の連絡が入ったのです。

この件では、同僚の黒田悦男弁護士が、宮本選手とイングランドへ赴き、現地スタジアムも見るなど、代理人としても大変気合いも入っていたのですが残念でした。

なぜでしょうか?

その理由については、次回に引用して説明します。

 今日も

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました 

また、覗(のぞ)いてください。

詳しくは、

 2020年までに、

平和を愛する人必読の

平和学としてのスポーツ法入門

2017年 民事法研究会  2800円+税

を読んでください。

筆者としては、

まずコラムを読んでいただきたいです。

また、

スポーツ基本法のコンメンタール部分は飛ばしていただき、

最後に読んでいただくと良いと思います。

2018(平成30)年5月2日  

        (NO.127)

スポーツ弁護士のぶさん こと

弁護士辻口信良

太陽法律事務所

住所 〒530-0047

大阪市北区西天満4-8-2 

北ビル本館4階

TEL 06-6361-8888

FAX 06-6361-8889

e-mail 

nob@taiyo-law.jp

太陽法律事務所ホームページ

おもろいもんみっつけた

→友人の辻井一基(つじいかずもと君のブログで、

おもろいもんを見つけてね!

 

« 鉄人衣笠祥雄 死去 | トップページ | 世界卓球選手権南北朝鮮合同チーム »

創る平和」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 鉄人衣笠祥雄 死去 | トップページ | 世界卓球選手権南北朝鮮合同チーム »