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2017年10月 1日 (日)

スポーツの憲法上の位置づけ 2

    おはようございます!

とても過ごしやすい秋日和ですね。

ゆっくり散歩、ひなたぼっこ

はたまたゴロゴロ寝

いかがですか!?

スポーツの平和創造機能を語り続ける

スポーツ弁護士のぶさん です。

前回に引き続き

9.スポーツの憲法上の位置づけ

           その2

これまでの学説ももちろん正しいのです。

それは、

憲法13・21・22・25・26・27の各条文による根拠付けです。

それに加え、ぼくは

既に述べた「スポーツの平和創造機能」との関係で、

(5)前文・9条

にも参加してもらうのです。

そうです、

更に、憲法前文、憲法9条の関係でも

スポーツ権を位置づけたいと思います。

 日本国憲法制定からこれまで、

憲法前文や憲法9条は、

「武器を持たない・武器を放棄する」趣旨で解釈されてきました。

もちろんその解釈は、

憲法制定当時の解釈としては正当だったと思いますし、これからも理念的には大いに追求されるべきでしょう。
 しかしぼくは他方で、前文、9条を、

「武器をスポーツ用具に持ち替える」思想を表示した規定と解釈します。

これまでの9条の解釈が

「受動的平和的生存権」であるのに対し、

ぼくの考えは、闘った後で仲直りできる、もっといえばノーサイドの満足感にひたれる

「能動的平和的生存権」といって良いでしょう。

 確かに、どんなにいやな戦争も何時かは終戦になります。

しかし、同じ終わりでも、

殺し合った後の戦争の終わりと、

体力・知力を出し切って闘い終わった、

スポーツの後のノーサイド、この違いをよく考えてください。

戦争で息子や夫を殺された時の

母や妻の悔し涙と、

スポーツ競技で負けた時の

アスリートの悔し涙は

全く異質です。

前者では必ず恨みが残りますが、

後者の涙は、将来必ず人生の糧になる涙です。
 スポーツやオリンピックでの

勝つことではなく参加することに意義がある

との言葉は、

勝負直後も有効ですが、

それだけでなく、

むしろ人生を長い目でとらえたときに、より輝きを増します。

このことは、

スポーツ好きであり、人生を長く生きた人であればあるほど、良く理解して頂けると確信します。

では、

今日の一曲  

昨日と同じ

秋桜(コスモス)ですが、

今日は、さだまさし

山口百恵とは違った味がありますね。

 

<おまけのひとことふたこと>

10月、秋、昨日今日と、あちこちで運動会。

明るく楽しい応援の声、そして、音楽が聞こえてきます。

スポーツ万歳!

大いにスポーツの秋を楽しみましょう。

 今日も

最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました 

また、覗いてください。

詳しくは、

 2020年までに、

平和を愛する人必読の

平和学としてのスポーツ法入門

(民事法研究会 2800円+税)

を読んでください。

2017(平成29)年10月1日  

        (NO,71)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

住所 〒530-0047

大阪市北区西天満4-8-2 

北ビル本館4階

TEL 06-6361-8888

FAX 06-6361-8889

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太陽法律事務所ホームページ

おもろいもんみっつけた

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