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2017年7月 2日 (日)

アントニオ猪木と憲法13条 その5

    おはようございます!

土曜深夜というか、日曜早朝というか、真夜中、

スポーツの平和創造機能を語り続ける

スポーツ弁護士のぶさん です。

元気ですか?

アントニオ猪木と憲法13条

1.猪木ワールド

げんきですか!!ではじまり、

いち、にい、さん、ダーツ!!で終わる、

猪木さんの会合は、独特の雰囲気があります。

 それは、猪木さん自身の日本人離れした風貌と体格、

プロレスラーとしての実績、

また、スポーツ平和党から参議院議員に当選し、

湾岸戦争での人質救出活動、

約30回にもなる北朝鮮訪問など、

文字通り体を張って突っ走る行動力などによります。

 ただ、その原点をたどると、

移民先のブラジルで力道山に見いだされ、

力道山の栄華と悲しみなどを見分・経験したことが大きいと思います。

2.体罰問題と夢

 直接猪木さんに聞きましたが、

力道山には、よく殴られたそうです。

ぶん殴られたり、車から落とされたり、タバコの火を押しつけられたり、理不尽とも思える暴力、いじめとも思える仕打ちが結構あったそうです。

 ただ、力道山の北朝鮮出身という生い立ちや、

それを名乗ることのできない背景、

また、間違いなく存在した差別で大相撲界を去った経緯などから、

猪木さんは力道山の気持ちを理解し、

一方では自分がそう(暴力的に)ならないようにと自省しているとも言われました。

 そして、力道山のため平和のために、38度線、南北朝鮮の軍事境界線の板門店で、

世界格闘技大会をするのが夢であると猪木さんは語っています。

3.戦争克服のためのスポーツ

  これらをぼくなりに総括すると、明らかに、力道山は戦争の被害者でした。もちろん、彼だけではなく、殆どの在日韓国・朝鮮の人たちもそうです。

 猪木さんは、夜、力道山が北の方を向いて立ち、物思いにふけっていたのを、覚えていると言うことです。

 そんな思いも込め、猪木さんは、どつかれながらも力道山を慕い、また、今もご健在の力道山の奥さんを、とても大切にされています。

4.まだまだ燃える闘魂を

 猪木さんは、色紙に「闘魂」とよく書きます。

最近、いろいろと報道されていますが、

お互い頑張りましょうと励ましているところです。

今日の一曲  

前回の続き、17歳、高校時代は良いですね。

西郷輝彦

17歳のこの胸に

と、これが、西郷輝彦と本間千代子の映画版ですが、

ネットを検索していたら大阪中之島付近をバックにした、カラオケ・バージョンがあったので、おまけで、それも添付します。

かなり、大人のムードで、17と言うより27歳のイメージですが・・・。

中之島公会堂(国指定重要文化財)や水晶橋は、ぼくたちの太陽法律事務所から徒歩5分くらいのところです。

ご希望の方はご案内しますよ。

<おまけのひとことふたこと>

 過去に戻る?

 もし、過去に戻れるなら何才かと言われると、確かに、ぼくにとっても、17才は戻りたい年齢ですね。

その頃は、わけもわからず政治的なことにも関心を持ち始め、市民講座でかじったロシア語で、港に入ったソ連船を訪問し、女性の船員(ふなのり)がいることにびっくりし、高校二年生の秋、七尾高校の生徒会長をさせてもらい、すごく張り切っていた、うれしがっていた記憶があります(平和学としてのスポーツ法入門 147p・169p)。

夢がいっぱいでした。

 今日も

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

また、覗いてください。

詳しくは、

 2020年までに

平和学としてのスポーツ法入門

(民事法研究会)を読んでください。

2017(平成29)年07月02日  

(NO,34)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

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