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2017年6月10日 (土)

スポーツと体育4

heart04  happy01 heart04  こんばんわ!

スポーツ弁護士のぶさん です。

元気ですか?

<スポーツと体育 その4>

1.教育について

 スポーツが、

日本では体育教育として発達してきました。

専門家ではありませんが、

ここでは、まず教育について考えておきます。

 教育は、

知識を詰め込んだり、押し込んだりするものではありません。

ぼくの理解では、

学ぶとは

まねる(真似る)ことを基本としつつ、幼い意見で議論などを戦わせながら、より良い、よりましな結論のために、

各自の白いカンバスに、自らそれぞれの色彩を付けてゆくのです。

 技術の習得なども、何度も失敗して得る場合の方が本物の技能になります。
その間、子ども達は、各自の意識の発達、互換性を前提に、行きつ戻りつ、

また、時に全く逆の発想などをして迷ったりしながら、切磋琢磨し、

徐々に、各自の正しいと思う方向、技能の修得などに歩を進めるのです。

2.教師の役目

 教師は、教育現場で、

子ども達のそれら未熟な意見や議論を聞きながら、また下手な技術を見ながら、ときどき触媒的に自身の意見を述べたりアドバイスや指導を行います。

 そのようにして、子ども達が自我を形成したり、意見を獲得したり、技能を修得するのを助けるのです。

 その意味で、

教育は、子ども達に、単に知識を詰め込んだり、上から押し込むというより、子ども達各自の特性を「引き出す」のが、教師の役目であり教育の本質だと思います。

3.明治期の教育

 ところが、

前回までに書いたとおり、明治の初期、わが国はそのような悠長な状態ではなかったのです。

 西欧列強との関係で、子ども達に早く一定の知識や技能などを修得させ、一人前にすることが必須でした。

そして、元気な青年(壮丁)を作ることが目的だったのです。
そのため、子ども達に、結論的部分を促成的に与える、

言葉をきつくいうと、下手に思考させたり、失敗的行動をさせず、結論的なことを、詰め込んだり押し込んでやらせることが教育とされてきたと思われます。

4.明治憲法と教育

 大日本帝国憲法(明治憲法)の下で、教育が極めて大切であるとの認識はありました。

 ところが、明治憲法の条文上「教育」の文言・規定はありませんでした。

 このように、教育について、憲法上の文言を置かず、天皇の勅令などによって家父長的な制度を採ったことも、わが国の上命下服、上意下達、詰め込み型教育に輪をかけたと思われます。
 市民革命不在ともいわれ、一般的に私たち日本人は、発想や行動において、どうしても自発性・自主性・自律性に乏しいといわれます。

 それは、教育におけるこのような沿革や時代背景があったと、ぼくは思います。

次回は、体育(スポーツ)教育との関係について、考えてみましょう。

 

heart04happy01heart04 では

<今日の一曲>

曲というより、単なる雨音です。

疲れている人、時間のある人、癒されたい人に、たっぷり1時間、雨、森の雨音を聴いてください。

本当は時間のない人にこそ、聴いてもらうのが良いはずですが・・・。

<おまけのひとこと>heart04

happy01heart04 今日は梅雨の晴れ間の一日でした。

ぼくは、雨は嫌いではありません。

小さい頃、長靴を履いて、またゴム草履で、どんどん道路の水たまりを渡り歩いていたことを思い出します。

 

happy01heart04 今日も

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました happy01heart04happy01

また、覗いてください。

2017(平成29)年6月10日  

(NO,25)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

 

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