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2017年5月 6日 (土)

スポーツの本質的4要素

こんにちは 

スポーツ弁護士のぶさん です。

G・W、楽しく過ごしていますか。

いやいや、仕事や、勉強で、毎日大変!

ゴールデンウィークどころではないという人も、結構おられるでしょうね

今日は「こどもの日」で祝日です。

前回飛び入りで、憲法記念日が入ったので、予定していた今回の記事が、少し遅れました。

ただ、このブログは、前に書かせてもらいましたが、ぼくの時間の都合もあり、週1回程度の更新を考えています。

 そして、2020年までに、つまりま東京オリンピック・パラリンピックでに高校生・大学生に、スポーツの平和創造機能を理解してもらう、そのことを意識しています。

 この2020年までを、マラソンに例えると、まだ、スタートから1~2㎞地点ですから、ぼくとしては、実はかなりオーバーペースなのです。

 世界新記録、ましてや、マラソンでの2時間切り(サブ2)を目指しているわけではないので、ぼちぼち行きます。伴走そして、さまざまなチェック(苦情も含めて)をしていただくとありがたいです。ぼくもまだまだ発展途上人ですので、どんどん意見の修正や変更もしていきますよ。

 よろしくお願いします。

今日は、ぼくが現在考えている「スポーツの本質的4要素」について説明します。

☆ スポーツの本質的4要素

 スポーツといえるための要素としては、

ぼくは、前に書いたように、

1.楽しむ要素

 

2.他人と競り合う要素

 

3.一定のルール

4.心身の運動

という要素が必要だと考えています。

ここでいくつかのことを注意してください。

(1) 心身の運動か身体の運動か

 1つは、スポーツについて、心身の運動ではなく、身体の運動であると狭く考える定義についてです。

 この考え方だと、たとえば、囲碁や将棋、チェスなど、また、芸術作品などはスポーツの概念からは外れることになります。

 しかし、ぼくは、広くゆるくスポーツを考えても良いと思っていますし、現在のIOCのオリンピック競技にはありませんが、アジア競技大会では、囲碁・チェスなどが競技種目として採用されたこともあります。そして、芸術なども将来、スポーツの一種として競技種目に挙げても構わないと思います。

(2) 他人との競り合い

 もう1つは、特に他人と競り合う要素も必要なく、自分一人で楽しむような運動もスポーツだという考え方です。昨日の自分より今日、今日の自分より明日の自分、つまり自分同士を比較することで足りるというのです。

 最近元サッカー日本代表中田英寿さんが、テレビのコマーシャルで、ライバルは自分、比較するのは理想の自分と今の自分だという趣旨のことをいっておられますね。この考えだと、競り合うのが「他人と」という要素は不要になります。

 ぼく自身、このゆるい考えも好きなので、そのような広義の定義でも一向に構わない気もしますが、後で述べるように、スポーツの「平和創造機能」を意識すると、やはり「他人と」競り合う要素は、残しておいた方が良いのではと、今は考えています。

 そして、翻って考えると、人間、自分自身の成長、自分同士(だけ)の比較というのは、言葉、あるいは理念としてはあり得ますが、内心を覗くと、そこには、必ずどこかに多少なりとも他人を意識しての自分の姿があるのではないでしょうか。

少なくとも凡人のぼくにはそう思えます。その意味では、「他人と」競り合うという言葉を入れておきたいと思います。

(3) ルールの必要性

 心身さえ動かせば、ルールなど必要ないでしょうという考えも、もちろん魅力的です。それで、十分健康も確保できるからです。

 ただ、ぼくの考えでは、日常生活の中でそのような運動をれを否定するつもりはまったくありませんが、それは単なる「心身の運動」で、スポーツとは言わないと思います。やはり、一定のルールがあることで、スポーツが成り立つと考えます。

(4) R・D・Mandell(マンデル)

 なお、アメリカのR・D・Mandell(マンデル)が、1984年にスポーツの本質的三要因説を唱えておられるようです。

 それによると、

① )特定の身体的行動による競争、

 

② それを規制する一定の規則、

 

③ 実現を目指す特殊な象徴的様式

だとされます。

 柔道で一定の柔道着を着用する、ボクシングで定められたグラブを付ける、ノックダウンでテンカウントまで数えられる、相撲の土俵で足の裏以外の体の一部が土俵に触れると勝敗が決する等々でしょう。

(5) シンクロからアーティスティックへ 

 余談ですが、リオ・オリンピックで、見事銅メダルを獲得したシンクロナイズドスイミングがあります。

 この競技は、ぼくの予想では、2020年の東京までに、芸術性を意味するアーティスティックスイミングに名称が変更されます。

 ぼくの考えは、同時とか同調性という、やや機械的な synchronized よりも、創造性を含む芸術性を意味する artistic のほうが好きで、ぼくは賛成です。

今日の1曲は、「背比べ」です。

みなさんだれも必ず、歌ったり、聴いたりしたことがありますね。

この歌の中には、5月5日という歌詞がでてきます。そうです、これは、こどもの日の歌なんですね。

ところで、みなさん、「こども」と書くとき、

「子供」・「子ども」・「こども」、どちらを書きますか?

国民の祝日に関する法律では、

こどもの日とされています。 

そして、こどもの日とは、

子どもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。

とされています。

法律上、母に感謝するとあって、父母に感謝するとはされていないのですね。

 ただ、前に聴いてもらった「こいのぼり」の歌では、お父さんしか出てきませんでした。

お父さん、お母さん、それぞれ感想はいかがでしょうか。

 

<おまけのひとこと>

 法律上、こどもについて、民法上は「子」ですが、上で述べたように祝日法では「こども」とされています。また、各法律上「児童」・「乳児」・「幼児」・「少年」などの言葉があります。

 ただ、最近は「子供」という表現は、「供」が、親に従属している、そえもの的であるとの感覚からか、あまり使わず、「こども」あるいは「子ども」とされることが多いようです。

 批判を受けるのかも知れませんが、個人的には、こどもに気を遣いすぎのようにも思うのですが・・・(苦笑)。

 なお、スポーツと少年の関係では、浅田真央さんの件で、スポーツと年齢制限のことについて、以前ふれました(2017年4月22日)。

 おもろいもんみっつけたの一基君、いつも貴重なアドバイスありがとうございます。

きじにあった、1万円以下の電波時計、売上はかがですか?

今日も、

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

2017(平成29)年5月5日  (NO,13)

※発信が6日になってしまいました。ゴメンなさい。

スポーツ弁護士のぶさん こと

 

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

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