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2017年5月

2017年5月27日 (土)

ボクシング

   こんばんわ!

スポーツ弁護士のぶさん です。

元気ですか?

ホントは、

毎日でも書きたいのですが、時間の管理、調整がうまく行かず、なかなかブログの更新ができません。ごめんんなさい。

でも何とか一週間に一回はガンバります。

もっともっと、短くしたら良いのかな?

今日は、ボクシングの話です。

そうです

格闘技の中でも最も激しく厳しく過酷なスポーツです。

ボクシングといえば体重制

それは「スポーツにおける平等」と関係します。

そして体重制は、「そのスポーツの競技人口を増やす」、「メダル数とコマーシャリズム」などが関係します(平和学としてのスポーツ法入門)。

ボクシングの関係では

25年位前、東京でボクシングジムを開設するにあたり、ボクシング協会に厳しい開設条件を付けられた、元東洋チャンピオンから相談をうけました。それについて、過度な条件は、独占禁止法に違反すると、同僚の森谷昌久弁護士と一緒に公正取引委員会や東京地方裁判所に訴え、開設を勝ち取り、感謝されたことがあります。

そして、

その事件とも関連して、あるボクシング団体の顧問をさせていただくことになり、ボクシングには結構関心があるのです。

そうはいっても、ボクシング、

結局はルールに基づく殴り合い(どつき合い)で、ぼくなんかは、試合前の選手控え室での雰囲気も含め、恐くて仕方ないのですが、でも観てしまいますし、観ると興奮します。

これは実は、

スポーツの平和創造機能

と大いに関係し、

平和学としてのスポーツ法入門の核心的テーマなのです。

今日は、

審判の具体的判定にまつわる問題です。

先週の土曜日・日曜日、

5月20・21日の2日間で、日本で6つもの世界タイトルマッチがありました。最も関心が持たれていた村田諒太選手の試合を中心に書きます。

1.村田諒太選手の経歴

村田選手は1986年1月12日生まれで奈良県出身。2012年ロンドン・オリンピックのミドル級で金メダルを取って2013年プロに転向、以来12戦して全勝(内9KO)、5月20日、WBAでの初の世界戦に挑みました。

 このミドル級クラスは、

日本人選手としては重いクラスになり(72.5㎏まで)、これまで日本人では、1995年の竹原慎二選手が唯一のチャンピオンです。

2.村田諒太vs

  アッサン・エンダム(仏)

実際に会場で、あるいはテレビ(フジテレビ系)で観戦された方も多かったと思います。

結果は、判定2対1のスプリット・デシジョンでエンダムの勝ちとなりました。

3人のジャッジは、勝者エンダム、

115-112(アール審判 カナダ)

116-111(パディージャ審判 パナマ)

110-117(カイズ審判 アメリカ)

敗者村田となりました。

ぼくは、テレビで観ていたのですが、12回の試合終了後、村田が勝ったなと思いました。というのは、4回にはダウンを奪っていましたし、それ以後も、ロープ際やコーナーに追い詰めて、しっかりエンダムにパンチを浴びせていたように思ったからです。

 そして、アナウンサーはもちろん、テレビ解説の元チャンピオンもそう言っていました。

実際も、アメリカの審判は、上記のとおり7点差で村田を勝たせています。村田選手も結果判明後、憮然とした感じでした。

恐らく対戦した当事者の実感として、自分の方が有利、少なくとも自分が相手を追い込んでいたから、負けは無いと思っていたのでしょう。

3.判定の意味

 しかし、結果は村田の判定負け。

解説者によると、パンチの数で考えるか、有効打に焦点を当てて考えるかで評価が分かれたようです。

試合中、解説者も言っていましたし素人のぼくも感じましたが、確かに1・2回は、様子見の感じで、村田選手は殆どパンチを出しませんでした。

また、後半9~12回辺りもエンダムの、ジャブを中心にした手数が多かったのは事実で、これが最後に響いたのです。

今回、審判の結果が2対1で分かれました。

僅差ではなく、上記のとおり、逆の方向に大きな開きがあり、パンチについて、どう評価するかではっきりと分かれた結果です。これは、各回(ラウンド)の点数からも明らかです。

この試合では、審判に対し、各回ごとに、どちらかに有利に採点するように、指示がされていたようです。これを10ポイント・マスト・システムといいます。たとえば、4回のようにダウンがあればはっきりし、4回は3人の審判とも10-8でポイントは村田でした。問題は、激しい打ち合いがあるわけでもなく、甲・乙つけがたいような回の採点をどうするかです。マスト・システムでは、その場合でもどちらかを減点して9点にしなければなりません。

そこで、審判の前記採点姿勢が影響し、トータルの採点表を見ると、それは見事に反映されています。

 アナウンサーや解説者(日本人)は、手数は少なかったけれど、村田の重いパンチが当たっていたのは間違いなく、エンダムは実際にダウンもしましたし、逃げている感じもあり、村田が勝ったと思ったのは、間違いではありません。ぼくもそう思いました。

でも、結果は、勝者エンダム、敗者村田でした。

村田選手は試合後、多少憮然とした態度でしたが、「(自分は)沢山打たれてもダメージはそれほど無かった。相手(エンダム)は、足を使うのがうまかった。」と大変潔いコメントをしていました。

4.ホームタウン・デシジョン

 この言葉を聞かれたことがあると思います。

地元びいきというか、試合の開催地(開催国)に有利な判定や審判がなされたり、なされる傾向があることをいいます。特に採点競技では、地元選手への熱烈な応援や拍手、会場の雰囲気に呑まれたり影響されそうになるのは、審判も人間ですから、あり得ることです。

でも、フェア(公正)さは、スポーツの生命ですから、審判は、そのようはいわば雑音に惑わされないよう、その資格を取得する際、また日頃の研修、自身の努力・修練、最終的にはそのスポーツへの愛情で、アンフェアにならないように律するのです。

特に世界戦ではそれが大切で、それが審判としての矜持です。

 でも、お分かりのように、今回の審判は、これとは全く逆ですので、ここでわざわざホームタウン・デシジョンのことを書く必要はなかったかも知れません。ただ、スポーツ用語として知っていただきたかったのと、今回、逆バージョン的なケースなので、あえて書きました。

ところが、ここで大きな出来事が発生したのです。

5.WBA会長の審判批判

試合直後に、WBAのヒルベルト・ヘスス・メンドサ会長が、自身のツイッターで、審判を厳しく批判したのです。

ごめんなさい。

長くなったので、今度にします。

次回、世界のボクシング団体、残りの5試合の世界戦と、その中でもぼくが応援している拳四朗選手の話、階級(クラス分け)、その関係での減量問題なども書きたいと思います。

さて、

今日の一曲   

ボクシングなので、チャンピオン  アリス

もっとも、

この曲は、敗れてゆくチャンピオンの歌なので、今回はふさわしくないかも知れませんが、ぼくが好きな歌なので、聴いてください。

<おまけのひとこと>

さわやかな五月晴れの一日、湿度も少なく、とても気持ちの良い日でした。

ホントは室内での仕事やブログ書きではなく、外で、地球を満喫したかったですね。

残念!

 今日も

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

また、覗いてください。

2017(平成29)年5月27日  (NO,20)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

2017年5月20日 (土)

大阪オリンピック

  こんばんわ!

スポーツ弁護士のぶさん です。

元気ですか?

戦って敗れた話です。

 2000年頃、

1995年の阪神淡路大震災で元気が無くなった関西を元気にしようと、2008年に大阪で夏のオリンピックを開催しようとの運動がありました。

御存知のとおり、オリンピック開催が決定されるのは、そのオリンピックの7年前です。

 招致活動において大阪は、国内では横浜に快勝したのですが、結局、後出しじゃんけんの北京にさらわれてしまいました。

 その頃数年間、

ぼくは市民応援団として招致活動を応援したのですが、朝日新聞大阪本社の論壇に載せてもらった記事があります。

 当時、

 IOCがお金(買収)問題で大きく揺れ、IOC委員が、黒い輪とか、汚れたIOC貴族達などと大いに叩かれ、そこから再生しようともがいていたときの、ぼくの主張です。

平和学としてのスポーツ法入門(284p)参照。

タイトルは

大阪オリンピックと国際平和主義
1999年(平成11年)3月30日

<論壇> 

 改革への自覚が本当にあるのか。

国際オリンピック委員会(IOC)の買収疑惑をめぐる臨時総会後の、ぼくの感想である。

 それにもかかわらず、2008年の大阪オリンピックの招致を応援するのは

「人間の尊厳を保つことを大切に考える平和な社会の確立を促進する」とのオリンピック憲章の理念に、ひかれるからである。

 曲がりなりにも出直しを誓ったIOCは、

この理念に向けてさらに内部改革を進めるべきだ。外部監査や、委員を国際公務員的に位置づけるなど、民主的な統制を可能にする方策も考えるべきである。
 ところで、オリンピックのこの理念は、現実にはこの通り実践されてきたわけではない。二度の世界大戦による三回の中止を始め、権力者による世論操作や国際政治の道具として利用され、またテロの標的や宗教・民族問題など、道は平坦ではなかった。

 しかし、この百年の近代オリンピックの歴史を見れば、やはりプラスの方がマイナスを補って余りある。これは平和な国際社会創造へ向けての、スポーツの普遍的な力を意味する。それ
 このことが確認できれば、大阪オリンピックの招致理念を何にすべきかは、明らかである。日本国憲法の国際平和主義の理念を、世界に流布するための、絶好のチャンスとしてとらえるのである。
 憲法の前文や九条をどう解釈するか論点は分かれるが、日本国憲法が武器のない平和な国際社会を目指す規範として、世界の憲法の先頭にある点については、異論がないだろう。

 そして

 当然だが、規範は、不断の努力の積み重ねがないと実効性を持たない。つまり、平和な社会を目指すための具体的行動・努力が必要である。

 平和のための方策や運動はいろいろあり、自衛隊については議論のあるところだが、日本政府が不十分ながらも非核三原則を唱え、武器輸出を認めない政策を採ってきたことは評価できる。
 そして今、大阪オリンピックの運動を推進し、スポーツを通じた若者同士の友情や、世界からの多くの訪問客との交流、そこでのボランティア活動を通じて連帯を高め、平和への貢献を実践するのである。
 ぼくが龍谷大学と関西大学で講義している「スポーツ法学」のテーマの一つに、スポーツの持つ闘争性・権力性の問題がある。とりわけ格闘技は、その意識において、ほとんど戦争での戦闘行為と異ならないこともある。

 しかし、両者の決定的違いは、

殺すことを目的としているかどうかである。戦争は、どんなにきれいごとを言っても、人を殺すことが最大の目的だ。
 これに対しスポーツは、確かに基本的なところでは闘争本能と結びついているが、いかなる格闘技でも人を殺すことをルール化してはいない。

 スポーツは

人間がどうしても逃れられない

闘争本能を、ルール化により合理的に昇華させるという機能を持つ。スポーツが文化である理由の一つがここにある。
 スポーツ好きなら分かると思うが、競技で負けた時は悔しい。公式戦などでは悔しくて涙の出ることもある。

 しかし、その涙は、将来必ず

人生の糧になる涙である。

戦争で息子や夫を殺された時の、母や妻の涙と異質であることは明らかだ。

スポーツやオリンピックの「

勝つことではなく参加することに意義があるという言葉は、人生や歴史を長い目でとらえたとき、より輝きを増す。
20世紀は「戦争の世紀」だったが、

21世紀は「平和の世紀」にすべきだというのが皆の考えだろう。

 ぼくたちは、

憲法の平和主義の理念を最大限活用し、

オリンピック運動を通じて、

武器を徐々に放棄してゆく(べき)国際社会の中にあって、名誉ある地位を占めることが可能だと思う。

広島の平和の灯を聖火に合体させるのだ。

 オリンピックのための費用も、

平和への必要経費として、むろん情報公開を前提にして相当額を認められるのは当然である。
 平和という抽象的概念が票にならないのは、国内の選挙だけでなくIOCでも同じだ。少なくとも今回の買収疑惑が表面化するまではそうだったようだ。

 しかし、今、

本来の理念・原則への回帰こそ求められている。それを実現できる最高の位置に、大阪つまり日本がいることを自覚すべきである。

辻口信良 2008年大阪オリンピック!! 応援団団長、弁護士

 

それでは、今日の一曲   

1964(昭和39)年の東京オリンピックのときの三波春夫 

東京五輪音頭です。

敗戦(1945年)から、わずか19年での世界最大のスポーツの祭典 

東洋の奇跡と言われるほど、すごいことでした。

戦争がなければ、1940年に東京での開催が決まっていたのです。

今度は、2020年東京・オリンピック・パラリンピックです。

<おまけのひとこと>

  2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向け、政治の世界では、安倍首相が、何とその年までに憲法9条を改正して施行するなどと、とんでもない暴言を吐いています。

 日本国憲法の理念を全く理解しない安倍さんは、別に人間的に悪い人だとは思いませんが、残念だけれど、日本のトップとしては失格だと、ぼくは思います。

職業としての政治家としての理想がありません。

 ただ、

どのような事態になろうとも、スポーツ・オリンピックが平和創造機能を有するとのぼくの確信に、全く揺るぎはありません。

 そんな楽天的で良いのかと言われますが、良いんです。スポーツを通じての友情そして平和は、不変で普遍です。

 今日も

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

また、覗いてください。

2017(平成29)年5月20日  (NO,19)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

2017年5月19日 (金)

人類の歴史とスポーツの歴史3

  こんばんわ!

スポーツ弁護士のぶさん です。

元気ですか?

前回に続いて、スポーツの歴史3として考えましょう。

1.未開社会と現代社会
 未開社会に於いて、

人々が食糧を獲得するためにどの程度の時間を使っていたかは、前回(5月15日)述べました。

 一方、

ぼくも含む現代人が、生活するために、

一日どの位の時間をかけて仕事をしているのか、またその結果、本当に豊かに暮らしているのかなどを、わが国の報道や数字から、冷静に考えてみましょう。
 残業代ももらえずに働いている正規社員、その正規社員になれない非正規社員、報道される長時間残業での過労死事件、そして過労死は、貧困層に近いとされる、いわゆるブルーカラー的職業だけではなく、電通女子過労死事件などエリート的職業に於いても見られます。

この数年は、かなり減りましたが、1998~2011年の14年間も、年間30,000人以上の自殺者が続いた事実があります(2016年は約22,000人)。

これも今は大幅に減りましたが、最大年間死者17,000人、負傷者も併せると1,000,000人で、文字通り交通「戦争」と言われたこともあります。

これらが豊かな日本の現実です。

 もちろん、現代社会は、食糧を得るだけの生活ではなく、生活リズムや楽しみのパターンなどもさまざまで、あまり自虐的になる必要はないのですが、豊かさの意味を考える必要はあります。

 しかも、世界に目を向けていえば、

常時、地球上のどこかで殺戮・戦闘状態が続いています。そして、テロ行為と、それを巡る出入国での差別問題など、食糧を巡る貧困餓死者も報告されています。

このような現代地球社会を、豊かな社会として、本当に誇ることのできるのでしょうか。

2.豊かさの意味と仮説
(1) 上から目線

 もともと

Primitive Society( プリミティヴ ソサイティ 未開社会)という呼称は、19~20世紀前半の西欧思想の影響であり、選良者意識の濃い言葉です。

今風にいえば、上から目線の用語です。
 しかし、最近では、

差別的響きのこの用語を避け、無文字社会、あるいは自由な時間が十分あるという意味で、初めの豊かな社会と言われることも多いようです。
 さらに、ひるがえって考えると、

(2) ぼくの仮説

 これはぼくの仮説ですが、スポーツの「楽しむ・戯れる」といった本来の意義から考えると、先に引用した熊さんたちのじゃれ合いからも推測できるように、人間社会でなくてもスポーツはあると、ぼくは考えています。

ルールについても、私たちが理解できないだけで、動物たちなりのルールが決められていると思います。

 その意味では、

生き物としてスタートしたはるか昔の時点から、スポーツがあったといっても良いと思います。

弱肉強食の世界、生物として生きるために必死なのはその通りだと思いますが、動物たちに生まれてから死ぬまで楽しむ時間が全くなかったと考えるのは、間違いだと思います。

(3) 他の時代のスポーツ
 それはともかく、

スポーツの歴史については、未開社会のスポーツ以後、

「古代のスポーツ」

「前近代のスポーツ」

「近代のスポーツ」

「後近代のスポーツ」

と続き、それ自体大変面白い分野ですが、ここではこれ以上触れません。

 関心のある方は平和学としてのスポーツ法入門巻末の参考文献、その他、図書館やネットなどで探して、勉強して下さい。

  では今日の一曲

このブログは、できるだけ学生諸君に読んでもらうことを期待しているので、昔(1972年)に流行り、ぼくも歌った

 ガロ学生街の喫茶店  

この頃の歌は、テンポがのんびりしていましたね。

昨年、歌詞の中にあるボブ・ディランが2016年、ノーベル文学賞をもらい、その後の彼の対応なども含め、いろいろと考えさせられました。

 

<おまけのひとこと>

  テニス 八百長で永久追放。

2009年全日本選手権でベスト4、錦織圭とダブルスを組んだこともある三橋淳が、八百長を持ちかけた不正でテニス界から永久追放されました。

 5月16日、ロンドンにあるTIU(テニス・インテグリティ・ユニットTennis Integrity Unit)が発表しました。TIUが日本人を処分したのは初めて、で残念です。

フェア(公正さ)は、スポーツの命です。

 今日も

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

また、覗いてください。

2017(平成29)年5月19日  (NO,18)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

2017年5月15日 (月)

人類の歴史とスポーツの歴史2

  おはようございます!

スポーツ弁護士のぶさん です。

元気ですか?

それでは、前回に続き

スポーツの歴史2について考えましょう。

スポーツの発生

1.これまでの説明

 では、

スポーツは、いつ頃生まれたのでしょうか。

これまでスポーツの歴史といえば、

ギリシャ古代オリンピック辺りをスタートとして説き起こすのが普通でした。
 しかし

古代史の研究が進むに従い、

古代以前の未開社会(primitive society)

より正確には無文字社会から、スポーツのことを説き起こすようになってきました。

2.四大文明以前のスポーツ
 現在の研究では、

前回(5月14日)述べた、

文字が生まれた四大古代文明の以前に、既にスポーツの原型があったとされています。
 即ち、

今から4000~5000年以上前、

四大古代文明以前のこの時期を、

英語圏では、Primitive Society(プリミティヴ・ソサイテイ)と呼ぶことがあります。

日本語では原始社会、未開社会と訳されます。
 そして、

研究者によるとこの頃、既に、

現在行われているスポーツの原型が、殆どできたとされています。

繰り返しますが、

上記四大文明の前に、既にスポーツの原型が存在したというのです。
 具体的には、

ボールゲーム・格闘技・走・跳・投競技などが行われ、場所的にも陸上は元より水上、空中、雪上・氷上に至るまで、広がりもあったことが、最近の研究でわかってきました。
 ボールゲームとしては、動物の膀胱を膨らませたり、何らかの核を植物の蔓や動物の皮などで巻いたボールを使った遊技がありました。

 また、

現在の相撲やレスリングのような格闘技系の遊びの存在も確認されており、これは人間の話ではありませんが、4月28日に書いた動物熊さんの水遊びの例で容易に分かるでしょう。

 そして、

陸上や水上・水中・氷上だけでなく、現在もオセアニアのペンテコスト島に残る20メートル近くのバンジージャンプに見られるように、空中遊技もあったことが分かってきたのです。

 

3.楽しむ時間の存在

 実証的研究によると実際には、

当時、食料を得るため必要な時間としては、

男女とも、一日せいぜい2~3時間であり、それで、約2300キロカロリーを摂取していたと考えられています。摂取カロリーは現代人とあまり変わらないというのです。

 ちなみに、現在の日本人での必要量は、20代の男性2500キロカロリー、女性2000キロカロリーが標準の摂取カロリーとされています。
  そして、

当時の食生活は、植物性7,動物性3という割合で、基本は菜食主義でした。

 もちろん

私たち日本人を含む現代先進諸国での団欒時のような、いわゆる和・洋・中といった豪華なごちそうが出ていたわけではありません。全く地味で質素だといって良いでしょう。

木の実や野草、時々貝や魚でしょうか。

 また、

電気などはありませんから、日の出から日の入りまでが活動時間です。

でも、

2~3時間引いた残りの時間は、まるまる自由時間だと研究者は言います。

実際は、厳しい気象条件、野生動物などの外敵、疫病などもあったでしょうから、そうのんびり生活していたとも思えませんが、それでも、余暇があり、何らかのルールを作ってスポーツを楽しみ、じゃれ合っていた(スポーツをしていた)ことは十分推測されます。

 
4.講義を受ける学生への質問

 当時、食料を得るために一日何時間ぐらい働いただろうかと質問すると、10時間以上という答えが結構返ってきます。中には15~20時間などと回答する学生もいます。

そして、

学者の上記2~3時間という研究の成果を話すると驚きます。

現代に生きる私たちはどうでしょうか?

さて、この位で、今日の一曲です。

若い人は知らない人が多いでしょう。

中島みゆきの、地上の星です。

 いろいろな星や星座の名前も出てきます。

宇宙の歴史、地球の歴史、これらの悠久さに比べれば、私たちの人生なんて、ホントちっちゃいですね。

 でも、できるだけ頑張りましょう!

<おまけのひとこと ふたこと>

 1兆円

 悠久さからいうと、宇宙の悠久さに比べれば、たかが知れているんですが、

平和学としてのスポーツ法入門の、

コラム、1兆円の話(223p)を、ぜひ読んで欲しいんです。

この質問に対する答えで、あなたがお金持ちになれるか(?)分かるのです。

 あなたが毎日100万円ずつ使うことができる楽しい話です。

 あわてない人は、2020年までのここでの学習でも必ず、何回か触れますから、しばらく、待っていてください。

 

  今日は、沖縄が本土に復帰して45周年。嘉手納基爆音地訴訟の法廷にに20回くらい通ったことは別の機会に書きますが、沖縄県民が差別されていることは、間違いのない事実です。

  京都では本日葵祭(あおいまつり)。京都の三大祭り(祇園・時代)の1つです。晴れで良かったですね。

 今日も

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

また、覗いてください。

2017(平成29)年5月15日  

 (NO,17)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所弁護士辻口信良

2017年5月14日 (日)

人類の歴史とスポーツの歴史1

 こんにちは!

スポーツ弁護士のぶさん です。

元気ですか?

暑くなってきました。

大阪でも摂氏25度を超え夏日です。

沖縄では梅雨入りしたようです。

少し前にも書きましたが、日本も意外に広い(特に南北に長い)。

1.歴史を考えることの重要性

さて、

 スポーツの平和創造機能を一緒に学ぶのですが、少し立ち止まり、スポーツの歴史について考えてみたいと思います。

 何事もそうですが、歴史・過去を学ぶことは大変重要です。それにより、現在の位置、状況、そして未来への展望が開けるからです。

 この点、このブログの最終目的である、世界平和についても、私たち人間は、これまでいろいろと悲惨で反省すべき戦争、殺戮行為を繰り返しており、死の商人以外、みんなが戦争を憎み、歴史に学ぶべきことは多いはずなのですが、生物としての業でしょうか、とても歴史・過去から学んでいるとは言えず、克服できる見通しも立っていません。

 それでも、これまでのスポーツの歴史と本質を踏まえ、スポーツには平和創造の力があると論証したい、それがぼくの夢です。

2.地球誕生と人類の歴史
 スポーツの歴史の前に、

(1) 地球誕生と人類の歴史
そもそも地球と人類の歴史について、おさらいしておきます。
人類の誕生と進化 
 地球ができたのは約50億年前といわれます。

 その後、長い年月を経て、諸説ありますが、生物、その中でも特に人類の始まりとされる猿と共通の祖先から進化した猿人が生まれたのは、700万年前のアフリカとされています。
 その猿人は、地上を2本の足で立って歩くようになって脳が発達し、前足(両手)を使って石などを道具として使うようになりました。その後、原人・旧人・新人の順に進化したとされています。
 20万年ほど前にアフリカに現れた新人は、剥片石器を作る技術を進化させ、骨や角で作った骨角器を用いて生活をより豊かにする努力をしました。人類がこのように打製石器を用いて狩猟・採集生活を営んでいた時代を、旧石器時代と言います。
 約1万年前に氷期期が終わりました。地球は温暖化し自然環境が大きく変化したため、新人は多様な環境に適応しなくてはならなくなりました。

(2) 四大文明と文字の誕生
 人類が環境に適応する中で最も重要だったできごとは、約9000年前の西アジアで麦の栽培や、山羊・羊・牛などの飼育が始まったことです。即ち農牧畜の始まりです。これにより人類は、今も続いている積極的に自然環境を改変する能力を身につけ食料を生産する生活を営むようになりました。

 人類史が、狩猟・採集が中心である「獲得経済」から農耕・牧畜による「生産経済」に移るという重大な変革を遂げたのです。
 初期の農耕は、雨水だけに頼り肥料も使わない方法によっていたため、収穫も少なく耕地も移動していたとされます。
 しかし、メソポタミアで灌漑農業が始まると食料生産が発達し、更に多くの人口を養うことが可能になり、多数の人間を統一的に支配する国家という仕組みがうまれました。
 こうして、紀元前3500年頃にはティグリス・ユーフラテス川でメソポタミア文明が、紀元前3100年頃にはエジプト文明が、紀元前2300年頃にはインダス文明が、紀元前1600年頃には中国文明(黄河・長江文明)が誕生したとされます。これがいわゆる4大古代文明です。
 そして、おおざっぱにいってこれらの文明以降、文字が生まれたとされています。

この辺り、実は、小学校や中学校で教えてもらっており、大筋は分かってきたようですが、ホントのことは、実はまだ良く分かっていないようですよ。

2020年まで、時間はたっぷりあります。

スポーツの平和創造機能を理解してもらうため、あせらず、ゆっくりゆっくり行きますので・・・。

ご意見などあれば、遠慮なくリアクションしてください。

では、ここで一曲聴いてもらいましょう。

今日は母の日です。

あなたのお母さんは、どんな人ですか。今どこにおられますか。お元気ですか。お母さんのこと好きですか。

あなたの母のことを、あなたは何と呼んでいますか?

母さん、お母さん、母ちゃん、お母ちゃん、ママ、マミー、おかん、おっかあ、かーか、おふくろ、おばん、○○(名前)さん、あなたに子どもがいるときは、おばあちゃん、かもしれませんね。

今日の一曲  

母の日にちなんで、

グレープ 無縁坂 1975年

なお、無縁坂は東京文京区湯島近くにあります。

<おまけのひとこと ふたこと>

  母の日、5月第2日曜は、毎年ぼくにとって、司法試験の択一式試験の日で、何回も繰り返し挑戦した、今となっては、懐かしい思い出の日です。

 運良く何とか合格までたどり着きましたが、この日は大相撲5月場所初日でもあり、試験終了後、電気屋の店頭に結びの一番辺りの取組が流れ、大阪梅田で呑み会をしたのを想出します。

  いずれにしても、お母さんへの一番良い言葉は、やはり「ありがとう」でしょう。ぼくの母は、もう10年以上寝込んだままで、残念だけどぼくらが見舞っても分からない状態なんです。でも、ありがとう。

  北朝鮮が、またもミサイル発射のニュース。全く困ったヤツですが、ぼくは、キューバ危機の時のことを覚えているので、それほどびくびくしません。

 むしろ、それに便乗して、号外まで出して国民の危機感を煽るマスコミにも、大いにNGを出します。本当に恐怖しているのは、実はヤツらなんですよ! 

 今日も

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

また、覗いてください。

2017(平成29)年5月14日  

 (NO,16)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

2017年5月11日 (木)

仏、韓大統領選挙

  こんにちは!

スポーツ弁護士のぶさん です。

元気ですか?

フランス(7日)と韓国(9日)の大統領選挙の結果が出ました。

私たちの将来にもかなり影響すると思いますので記載します。

 選挙は、

どこかスポーツに似ていて、勝者・敗者がくっきりと分かれますが、それでも終わった後は、ノーサイドの精神で、勝者は自身の政策実現に向け理想を追い、敗者は捲土重来、勝者の政策をチェック・批判しつつ、改めてチャレンジすることになります。

 民主主義の精神は寛容の精神。

 あなたの主張には反対だが、あなたが主張することは命をかけて守ってあげるとの「表現の自由」も極めて大切です。

以下

それぞれ、毎日新聞・朝日新聞の記事からの引用・要約です。

1.フランス マクロン

 <勝利演説 要旨>

 極めて名誉なことで、大きな責任を負った。皆さんの支持を決して忘れない。皆さんの信頼に値するようすべての力を注ぐ。

 国家の分断が、過激な主張への投票につながった。多くの人々が示した怒りや不満は理解している。彼らの声に耳を傾けるのは私の責任だ。市民の安全を確保し、国家の団結をはかり、あらゆる形の不平等、差別と戦う。

 フランス国家を守る。これこそが、最も重要な国益だ。皆さんの前で誓う。欧州を守る。欧州と人々の関係を再構築するために、努力する。

 我々の壮大な物語の新しいページが今夜、開かれた。希望と自信が取り戻されるようにしたい。我々の生活を刷新することが課せられた。どんな障害も私を止めることはできないだろう。

 すべての人に敬意を示し、より良い未来をつくる。

 我々を傷つけた、分断と全力で戦う。

<経歴・エピソードなど>

 医師の家庭に育ち、パリ政治学院などエリート街道をばく進し、史上最も若いフランス大統領の座を射止めた。40歳で就任したナポレオン3世を抜いた。

 25歳年上の妻ブリジットさん(64歳)は、マクロンが15歳高校時代に演劇の指導を受けた教師だ。当時40歳の彼女は、夫と3人の子どもがいたが、マクロンが17歳のとき求婚。

 家族の大反対を乗り越え、29歳で結婚した。マクロン氏の政治的野心の源には、成功し続け「結婚に反対した両親を見返したい」との想いがあると、マクロンの別の恩師が語っている。「禁断の恋」の成就は、強い信念の表れと好意的に捉えられている。

 敗北した国民戦線(FN)のルペンは、第1回投票から300万票増えたことを踏まえ、「歴史的、圧倒的な成果だ」と話をした。

 マクロンとしては、投票率が75%と記録的に低く、消極的支持であること、テロ・失業対策など、急務で多難な船出といえる。

2.韓国 文在寅(ムンジェイン)

<勝利宣言 全文>

 愛する国民の皆さん、こんばんは。文在寅です。

 ありがとう。本当にありがとう。正義にのっとった国、統合の国、原則と常識が通じる国らしい国を造るため、共に歩んでくれた偉大な国民の偉大な勝利だ。選挙戦で共に競争した候補にも感謝と慰労の意を伝える。新しい韓国のために、彼らとも手を取り合い、未来のために共に前進する。

 明日から私は、国民全ての大統領になる。私を支持しなかった方々にも仕え、統合する大統領になる。

 尊敬する国民の皆さん、国民の切実な望みと念願を決して忘れない。正義が立て直される国、原則を守り、国民が勝つ国を必ず造る。常識が常識として通じる、国らしい国を必ず造る。こん身の力を尽くし、新しい国を必ず造る。国民だけを見て、正しい道へ進む。

 偉大な韓国、正義にのっとった韓国、誇らしい韓国、堂々たる韓国、その韓国の誇らしい大統領になる。

ありがとう。

 

<経歴・エピソードなど>

 64歳。高校まで釜山で生活。慶煕(キョンヒ)大学時代に、今回弾劾で失脚した朴槿恵(パククネ)大統領の父、朴正煕(パクチョンヒ)独裁政権に反対してデモを主導し、逮捕されたこともある。

 後で大統領になる盧武鉉(ノムヒョン)と共同で弁護士事務所を開設、「人権派弁護士」として活動した。

 昨年12月のインタビューで、当選したら「私は北韓(北朝鮮)に、まず行く」と言ったことがある。そのことを含め、保守系候補から「文氏が当選すれば親北政権になる」と批判されていた。

座右の銘は、「厳しいときほど原則に戻れ」

<日本国憲法からの応援>

 いずれにしても、フランス、韓国それぞれのトップに、ぼくは、日本国憲法前文の言葉を贈ります。

「われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。」

 

今日の一曲  

八十八夜は、立春から数えて八十八日目。大体5月1~2日ですが、この頃が茶摘みの最盛期といわれています。俳句の季語は春ですが、ぼくのイメージは初夏です。

文部省(今は文科省)唱歌 茶摘み

<おまけのひとこと>

  ナショナリズム

 大統領は、当該国、選んだ国民のために尽くすのは当然ですが、先に書いた日本国憲法前文のように、偏狭なナショナリスト、特に排外的ナショナリストはダメで、世界平和の視点を堅持する、歴史に対し先見性を持つ人物でなければなりません。

 2人の大統領(それぞれ任期は5年)の今後に期待しましょう。

ところで、ぼくは、

ナショナリズムを3つに分けて考えています。

① 本来的ナショナリズム

② 競争的ナショナリズム

③ 戦争的ナショナリズム

①は、誰もが有する自然なナショナリズム。③に行ってはダメで最悪。②がスポーツと関連し、人間の叡智としてのナショナリズムだと考えています。

平和学としてのスポーツ法入門(41p)。

 今日も

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

また、覗いてください。

2017(平成29)年5月11日  (NO,15)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

2017年5月 8日 (月)

日本語で一番ありがとう

  おはようございます!

スポーツ弁護士のぶさん です。

 2020年までに

平和学としてのスポーツ法入門民事法研究会 2800円+税)を、平和を愛する全ての人に、特に若い高校生・大学生に読んでもらいたいために始めたブログですが、ありがとうございます、おかげさまで、友人辻井一基君や事務所のメンバーの協力で、なんとか、1ヶ月を経過しました。

 ぼくの時間管理の都合で、週一回、書き込むペースでスタートしましたが、順調に進んでいます。ただ、ややオーバーペースなので、自重しながら行こうと思います。

 ところで、みなさん、

G・W(ゴールデンウィーク)は、どのように過ごされましたか。

ぼくは、いわゆる行楽の形では、どこにも行くことはなかったのですが、テニスを3回、10㎞のジョギング1回、残っている仕事を少しやり、日本の外交 これでええの?という講演会(孫崎享氏・金光男氏)を聞き、自分としては、それなりに楽しく時間を過ごすことができ、感謝しています。

 その中でも、上記講演会(5/6)の内容は、話の内容はもちろんですが、ぼくが進めようとしている、上記2020年までのスケジュールと上手くリンクしている気がして、大変勉強になりました。

 北朝鮮を巡っての東アジア情勢は、危機を煽るためのトランプ政権や安倍政権の企みに、民主主義の根幹(表現の自由)を担うべきマスコミが、全く対応できていない体たらくでだらしないことを教わりました。

 また、国内政治では、法治をきちんと担うべき官僚が、安倍自民党一強におもねり機能していない危険な状態であることを分かりやすく説明してもらいました。共謀罪も不要です。

 北朝鮮からのミサイルに避難訓練を指示するとか、規則を遵守するエリート財務官僚が、あり得ない金額で国有地の払い下げを認め(忖度する 森友学園事件)、そのことに国民が乗せられていて疑問を感じていなかったり、軌道修正ができていない、その辺りの問題意識と行動が大切です。

 それらの話を聞きながら、改めて、守る平和創る平和のこと、スポーツは「創る平和」にとって極めて大切であり、それを地道に説明して、自分のライフワークにしていこうと決意を固めました。

 さて、

突然ですが、みんさん、日本語の中で好きな言葉は何ですか?

 ぼくは、

ありがとう、ありがとうございますが、日本語の中で一番すばらしい言葉だと思います。みなさんは、いかがですか。

 社会生活の中で、人とのいろいろな触れ合いがあるのですが、みなさん、一日に何回くらい、ありがとうやありがとうございますをいいますか?

 その回数が多い方が、楽しい日常のように思います。但し、権力者に絡め取られたり、だれかに騙されたりしながらのありがとうでは困るのですが・・・。

 ところで、すみませんという言葉もありますね。

たとえば、欲しかった物をもらったり、してもらう、先に道を譲ってもらったり、座席を替わってもらったりしたとき、ありがとうという言葉の他に、すみませんという言い方もあり、実際にも使います。

みなさん、どちら派ですか?

もちろん、ケースバイケースでしょうし、両方言っても構わないのですが、どちらか1つの場合、ぼくはありがとうを選ぼうと思っています。

このG・Wに感じた、日本語についての感想です。

今日の1曲

  ありがとう

ありがとうという歌は、

井上陽水、大橋卓弥、KOKIA、

FUNKY・MONKEY・BABYSらの歌がありますが、きょうは、

いきものがかりのありがとうです。

人類の叡智として政治の世界で民主主義を採用し、間接民主制という選挙制度を採っているのですが、一方で衆愚政治という言葉も忘れてはいけません。

人類の叡智として政治の世界で民主主義を採用し、間接民主制という選挙制度を採っているのですが、一方で衆愚政治という言葉も忘れてはいけません。

 

 

<おまけのひとこと>

 今週は、

 フランスの大統領選挙、マクロン当選の第一報が入っています。自国の利益優先の流れに歯止めがかかると良いのですが。

 今週は更に韓国の大統領選挙もあります。二つの選挙結果とも、これからの世界の平和に大いに影響します。関心を持って見守り、それを受け平和な国際社会に活かせるように、それぞれの立場で頑張りましょう。

 私たちは、政治体制として民主主義を採用し、選挙による間接民主制で国家を運営していますが、他方で衆愚政治という言葉もあることを意識しておきましょう。

 今朝、7時52分、大阪駅前のマルビルの気温表示は19度。でもまだ殆どの人がジャケット(背広)と長袖のワイシャツ。ぼくのように半袖の人は、目についたのはたった4人。その中に、サラリーマン風の人のはいませんでした。一生懸命探したわけではないのですが、半袖、気持ちいいんですがねえ・・・。

今日も、

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

2017(平成29)年5月8日  (NO,14)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

2017年5月 6日 (土)

スポーツの本質的4要素

こんにちは 

スポーツ弁護士のぶさん です。

G・W、楽しく過ごしていますか。

いやいや、仕事や、勉強で、毎日大変!

ゴールデンウィークどころではないという人も、結構おられるでしょうね

今日は「こどもの日」で祝日です。

前回飛び入りで、憲法記念日が入ったので、予定していた今回の記事が、少し遅れました。

ただ、このブログは、前に書かせてもらいましたが、ぼくの時間の都合もあり、週1回程度の更新を考えています。

 そして、2020年までに、つまりま東京オリンピック・パラリンピックでに高校生・大学生に、スポーツの平和創造機能を理解してもらう、そのことを意識しています。

 この2020年までを、マラソンに例えると、まだ、スタートから1~2㎞地点ですから、ぼくとしては、実はかなりオーバーペースなのです。

 世界新記録、ましてや、マラソンでの2時間切り(サブ2)を目指しているわけではないので、ぼちぼち行きます。伴走そして、さまざまなチェック(苦情も含めて)をしていただくとありがたいです。ぼくもまだまだ発展途上人ですので、どんどん意見の修正や変更もしていきますよ。

 よろしくお願いします。

今日は、ぼくが現在考えている「スポーツの本質的4要素」について説明します。

☆ スポーツの本質的4要素

 スポーツといえるための要素としては、

ぼくは、前に書いたように、

1.楽しむ要素

 

2.他人と競り合う要素

 

3.一定のルール

4.心身の運動

という要素が必要だと考えています。

ここでいくつかのことを注意してください。

(1) 心身の運動か身体の運動か

 1つは、スポーツについて、心身の運動ではなく、身体の運動であると狭く考える定義についてです。

 この考え方だと、たとえば、囲碁や将棋、チェスなど、また、芸術作品などはスポーツの概念からは外れることになります。

 しかし、ぼくは、広くゆるくスポーツを考えても良いと思っていますし、現在のIOCのオリンピック競技にはありませんが、アジア競技大会では、囲碁・チェスなどが競技種目として採用されたこともあります。そして、芸術なども将来、スポーツの一種として競技種目に挙げても構わないと思います。

(2) 他人との競り合い

 もう1つは、特に他人と競り合う要素も必要なく、自分一人で楽しむような運動もスポーツだという考え方です。昨日の自分より今日、今日の自分より明日の自分、つまり自分同士を比較することで足りるというのです。

 最近元サッカー日本代表中田英寿さんが、テレビのコマーシャルで、ライバルは自分、比較するのは理想の自分と今の自分だという趣旨のことをいっておられますね。この考えだと、競り合うのが「他人と」という要素は不要になります。

 ぼく自身、このゆるい考えも好きなので、そのような広義の定義でも一向に構わない気もしますが、後で述べるように、スポーツの「平和創造機能」を意識すると、やはり「他人と」競り合う要素は、残しておいた方が良いのではと、今は考えています。

 そして、翻って考えると、人間、自分自身の成長、自分同士(だけ)の比較というのは、言葉、あるいは理念としてはあり得ますが、内心を覗くと、そこには、必ずどこかに多少なりとも他人を意識しての自分の姿があるのではないでしょうか。

少なくとも凡人のぼくにはそう思えます。その意味では、「他人と」競り合うという言葉を入れておきたいと思います。

(3) ルールの必要性

 心身さえ動かせば、ルールなど必要ないでしょうという考えも、もちろん魅力的です。それで、十分健康も確保できるからです。

 ただ、ぼくの考えでは、日常生活の中でそのような運動をれを否定するつもりはまったくありませんが、それは単なる「心身の運動」で、スポーツとは言わないと思います。やはり、一定のルールがあることで、スポーツが成り立つと考えます。

(4) R・D・Mandell(マンデル)

 なお、アメリカのR・D・Mandell(マンデル)が、1984年にスポーツの本質的三要因説を唱えておられるようです。

 それによると、

① )特定の身体的行動による競争、

 

② それを規制する一定の規則、

 

③ 実現を目指す特殊な象徴的様式

だとされます。

 柔道で一定の柔道着を着用する、ボクシングで定められたグラブを付ける、ノックダウンでテンカウントまで数えられる、相撲の土俵で足の裏以外の体の一部が土俵に触れると勝敗が決する等々でしょう。

(5) シンクロからアーティスティックへ 

 余談ですが、リオ・オリンピックで、見事銅メダルを獲得したシンクロナイズドスイミングがあります。

 この競技は、ぼくの予想では、2020年の東京までに、芸術性を意味するアーティスティックスイミングに名称が変更されます。

 ぼくの考えは、同時とか同調性という、やや機械的な synchronized よりも、創造性を含む芸術性を意味する artistic のほうが好きで、ぼくは賛成です。

今日の1曲は、「背比べ」です。

みなさんだれも必ず、歌ったり、聴いたりしたことがありますね。

この歌の中には、5月5日という歌詞がでてきます。そうです、これは、こどもの日の歌なんですね。

ところで、みなさん、「こども」と書くとき、

「子供」・「子ども」・「こども」、どちらを書きますか?

国民の祝日に関する法律では、

こどもの日とされています。 

そして、こどもの日とは、

子どもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに、母に感謝する。

とされています。

法律上、母に感謝するとあって、父母に感謝するとはされていないのですね。

 ただ、前に聴いてもらった「こいのぼり」の歌では、お父さんしか出てきませんでした。

お父さん、お母さん、それぞれ感想はいかがでしょうか。

 

<おまけのひとこと>

 法律上、こどもについて、民法上は「子」ですが、上で述べたように祝日法では「こども」とされています。また、各法律上「児童」・「乳児」・「幼児」・「少年」などの言葉があります。

 ただ、最近は「子供」という表現は、「供」が、親に従属している、そえもの的であるとの感覚からか、あまり使わず、「こども」あるいは「子ども」とされることが多いようです。

 批判を受けるのかも知れませんが、個人的には、こどもに気を遣いすぎのようにも思うのですが・・・(苦笑)。

 なお、スポーツと少年の関係では、浅田真央さんの件で、スポーツと年齢制限のことについて、以前ふれました(2017年4月22日)。

 おもろいもんみっつけたの一基君、いつも貴重なアドバイスありがとうございます。

きじにあった、1万円以下の電波時計、売上はかがですか?

今日も、

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました 

2017(平成29)年5月5日  (NO,13)

※発信が6日になってしまいました。ゴメンなさい。

スポーツ弁護士のぶさん こと

 

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

2017年5月 3日 (水)

憲法記念日

こんにちは 

スポーツ弁護士 のぶさん です。

元気ですか!

時間は、あまりないのですが、ガンバって連続で書きます。

今日は、G・Wの真っ最中

5月3日 憲法記念日です。

ぼくの

平和学としてのスポーツ法入門は、

憲法とスポーツのことを中心に書いているので、憲法記念日の今日は、日本国憲法のことを少し書きます。

 詳しいことは、同入門(28p)にも書いていますし、2020年までの間に、これから何度も繰り返しこのブログでも書くと思います。

ですから、

今回はごく軽目に、日本国憲法のことを、高校生・大学生に、いや、小学校・中学校でも教わったことを書きます。

日本国憲法の、三つの柱、三つの理念は何でしょうか。

これに答えられたら今日は合格!

以下の記載をスルーして、最後のを聴いてもらっても構いません。

それでもスルーしない人のために、

<日本国憲法>

1.日本国憲法の由来

 徳川幕府の江戸時代を経て、明治政府になり、日本には大日本帝国憲法(明治憲法)が制定されました(1889年、明治22年)。
 ところが、

昭和に入り、経緯については省略しますが、戦争に突入し、1945(昭和20)年、日本はアジア・太平洋戦争に負けました。

ヨーロッパでも大きな戦争があり(ファシズム・ナチズムの敗北)、なんと、アジア・太平洋戦争を含む第二次世界大戦では、地球上5000万人~8000万人の人が死亡したと言われています(世界の人口の2.5%以上)。

 要するに、

本当にたくさんの人が戦争に殺されたのです。

戦争が最大の人権侵害といわれるのは当然です。

 スポーツの関係でいえば、

世界的規模のオリンピックは、1940年(東京開催予定)と1944年(ロンドン開催予定)の2回が中止になりました。国内でも野球など多くのスポーツ大会が中止になりました。

 戦争の痛切な反省を踏まえ、

大日本帝国憲法を改正する形で、日本国憲法が制定公布され、1947(昭和22)年5月3日に施行され、現在まで70年、全く改正されていません。そして、今その改正を考える人が増えつつあるといわれています。改正は正しい方向でしょうか。

ぼくは

平和学としてのスポーツ法入門の表紙の選手に

のゼッケンを付けてもらっているので分かってもらえるかと思いますが、あるべき世界を求め、世界史の先頭を走る、

「永久平和主義=憲法9条堅持」を強く主張しています。

そして、

スポーツを憲法上の権利として位置づけ、

スポーツによる能動的平和主義という考えを掲げ、そのこととの関係でスポーツと憲法の説明をしています(前記本43pなど)。

 このブログでも、

これから少しずつ、何回も書いて行きます。

 ぼくは、1947年生まれなので、日本国憲法の歴史と共に年を重ねてきました、ぼくの同世代は「団塊の世代」とも呼ばれています。

 ぼくの同級生には、「憲一」・「憲治」・「憲弘」という名前の級友がいました。私たちの父や母は、自身戦争に行ったり銃後の守りであったりして、そして、まわりに必ずいたはずの、戦争で亡くなった人や傷ついた人の深い悲しみや無念さを知っており、戦争中はもちろん戦後も、自身、本当に苦しい生活を体験した人たちでした。そして、私たちを育ててくれ、繁栄の礎を築いてくれました。

 ですから、「憲」の文字は、希望に満ちた新しい国の基本になる憲法にあやかって付けられたのは間違いありません。

もちろん、憲法は、

その国において最も強い効力を有する法です。

2.日本国憲法の理念

 繰り返します。

憲法は、一番力の強い法ですが、

 

憲法の理念は、その強い力で、為政者(権力者)を縛ること、権力者が暴走しないようにチェックすること、つまり、為政者(権力者)から国民を守る理念に基づいています。

これを立憲主義といいます。 

ところで、

より具体的に、日本国憲法の三つの理念があるといわれますね。

そうです、

 

日本国憲法の三つの柱、三つの理念

については、小学校の時に習いますよね。

その三つとは、

(1) 国民主権主義
(2) 基本的人権尊重主義
(3) 永久平和主義


 この三つです。

上に述べた三つの理念をもう少し詳しく説明すると、

(1)の国民主権は、民主主義に基づく原理であり、統治の方法または形体に関する原理です。
(2)の基本的人権尊重は、自由権・平等権・社会権などとして、原則的には憲法の各条文として規定されています。
2020年までに、何度か説明し、スポーツ権が基本的人権であることを、みなさんに分かってもらおうと思います。
(3)日本国憲法での平和主義は、単なる平和主義ではなく、「永久」または「恒久」平和主義といわれます。

3.平和主義と北朝鮮問題

 三つの理念については、それぞれ詳しく説明する必要がありますが、今回は永久平和主義について少し説明します。

 日本国憲法での平和主義は、明治憲法はもちろん、これまでの諸国の憲法や条約の中でいわれる平和主義とは異なる、極めて理想主義的な内容であるため、永久平和主義と言われるのです。

 この永久平和主義について、

次のニュースと過去の事例ををヒントに、一緒に考えてみましょう。

 現在、アメリカの原子力空母カール・ビンソンが、北朝鮮を威嚇するために日本海に展開中とのことです。

 ぼくは、この巨大空母が、学生時代(1968年)に日本の佐世保に入った原子力空母エンタープライズに重なって見えます。

今、ウィキペディアで調べてみたら、案の定

カール・ビンソンは、

全長333㍍、全幅77㍍、排水量101,264㌧、速力30ノット 乗員5,680名

 エンタープライズは、

全長336㍍、全幅76㍍、排水量93,284㌧、速力34ノット、乗員4600名

という、ほぼ同じの、とてつもなく巨大な原子力空母です。

 この両原子力空母の行動をどう評価すべきでしょうか。

エンタープライズの時、私たちは、ベトナム戦争反対の立場から佐世保入港に、強く抗議しました。今、カール・ビンソンの行動に抗議すべきでしょうか。

 北朝鮮のわがまま坊ちゃんの独裁に、ぼくは断固反対していますし、それへの対抗的意味も含め、いろいろな意見があるでしょうが、

ぼくは、

「アメリカが、国連の安全保障理事会の承認も得ず単独で行動している点」に抗議します。

4.憲法9条と

  本当の意味の国連軍

もし、カール・ビンソンが

本当の意味の国連軍の旗の下に行動しているのであれば、ぼくは賛成します。

どうして、アメリカは、うれしがって(言葉が悪ければ粋がって)自分の正義を振りかざすのでしょうか。

 実際には、

本当に怖がっているのは、北朝鮮ですし、1968年エンタープライズの当時は北ベトナム・ベトナム人民でした。そして、ベトナム戦争のときアメリカは、結果的に間違った戦争に首を突っ込みすぎ、ベトナム人民だけでなく、ぼくと同世代のアメリカの若者をも沢山無駄死にさせたのです。

 エンタープライズの行動が、本当の意味の国連軍としての戦いであれば良かったし、そうあるべきだったのです。

 日本や日本政府が、アメリカにきちんと諌言もせず、安易に日米安保体制に乗っかかっているのが問題です。ぼくは、ホントはアメリカ、アメリカ人が好きなので、全くアメリカの悪口をいうつもりはないんです。

 これは個人間の争いでもそうですが、国家間の争いでも、何時の時代にも確かに悪いヤツ、悪い輩(やから)は、間違いなくいるのです。

 そんなとき、正義の観点から、それに掣肘(せいちゅう)を加えることは必要です。それは否定しませんし、否定してはダメです。それには、やはりが必要です。あたかも、日本国内では、お巡りさんがきちんと私たちの治安を守ってくれているように、国際的な治安を守ってくれる国連軍(国連警察)は必要だと思います。

 ただ、残念ながら、現在そのような国連軍はありませんし、そして、何が正義であるかは、実は大変難しい問題なのです。

 ですから、ホントの正義を求めること、そして、しっかりした国連軍を創るため、脆弱な国連をもっとしっかりした組織にするため、永久平和主義の憲法をもった日本が、もっと積極的に活動する必要があるのです(国連中心外交)。

 憲法9条は、正義の観点からの、本当の意味の国連軍があることを前提にした規定なのです。 ただ、大変残念なことに、国際政治は、国際連合は、そこまで進化していないのです。

 だからといって、

日本がアメリカ一辺倒で良いかといえば、決してそうではありません。ぼくがスポーツ選手について、いつも言うのと同じく、日本、わたしたち日本人は、もっと主体性、自律性をもって、国際政治の中で頑張るべきだと思うのです。

 そしてぼくは、国連の中に

「国連防衛省」と「国連スポーツ省」を創るため、ロビイ活動をと、ハッパをかけているのです。

 ただ、

この辺りの論理を急に言われても、「何いうとんねん」と言われることは間違いありません。前記本の270p 334pなどで一応説明はしていますが、なかなか分かってもらえないのは十分承知していますので、2020年までに何度でも説明させてもらいます。

急ぎの方は、

平和学としてのスポーツ法入門(民事法研究会)を、図書館で借りるか、本屋で立ち読みして参照してください(176p、270p、334pなど)。

さて、きょうの一曲 

平和の歌、というり、静かな反戦の歌ですね。

花(はな)

分かりにくかったと思います。

でも今日も

最後まで読んでいただき、

ありがとうございました。 

また、覗いてください。

2017(平成29)年5月3日(12回)

スポーツ弁護士 のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

 <おまけのひとこと>

5月3日なので、各紙日本国憲法のことを書いています。読み比べてください。

ぼくがびっくりしたのは、発行部数がトップの読売

安倍首相の大きな全体写真と

「憲法改正20年施行目標」の大きなタイトル。(2020年

改憲政党の機関紙かと思いました。

大丈夫ですか読売さん、社会の木鐸として、こんな提灯記事!!

2017年5月 1日 (月)

スポーツの定義

こんにちは 

スポーツ弁護士のぶさんです。

みなさん、元気ですか。

5月になりました。 風薫る5月です。

新緑のこの季節、ホント、気持ちいいですね。

この爽やかな時期の

G・W(ゴールデン・ウィーク)

みなさんの計画は、いかがですか。

9連休など取れて、海外行きのリッチな人も

結構おられるでしょうが、

灯台もと暗し、近場でのんびりと

スポーツや読書で過ごすのもいいですよ。

ぼくは、

好きなスポーツ(テニス、ジョギング)で汗を流して、また、スポーツ観戦しながらビールで乾杯なんかできれば最高なんですが、どのくらいできますかね。

さて、

2020年までに、

高校生・大学生のみなさんに

スポーツの平和創造機能

を理解してもらう作業ですが、ぼちぼち行きましょう。

前回の、

1.スポーツの語源に続いて、

今日は、

2.スポーツの定義について説明します。

2.スポーツの定義

 語源は前回、デポルターレ(遊びを原点とする楽しいもの)だと説明しました。

では、

スポーツは、どう定義したらよいのでしょうか。

国内での辞書などから引用してみます。

① 人間が生活の自由時間を用いて、楽しみを目的に自主的に行う、多少とも競技的要  素をもった、身体運動の総称(世界大百科事典・平凡社)

② 陸上競技、野球、テニス、水泳、ボートレースなどから登山、狩猟に至るまで、遊戯、競争、肉体的鍛錬の要素を含む運動の総称(広辞苑) 

③ 運動競技及び身体運動(キャンプ活動その他の野外活動を含む)であって、心身の健全な発達を図るためになされるものをいう(旧スポーツ振興法第2条)

④ 心身の健全な発達、健康及び体力の保持増進、精神的な充足感の獲得、自律心その他の精神の涵(かん)養等のために、個人又は集団で行われる運動競技、その他の身体活動(スポーツ基本法前文)

などとされています。

 ただし、

④は定義ではなく、実質的機能面からの説明だとされています。   

 読者の皆さんが、それぞれイメージされているスポーツのイメージで構わないと思いますが、

ぼくは、

⑤ スポーツとは、楽しみをもって、他人と競り合う刺激をもつ、一定のルールによる、心身の運動

と定義しています。

ぼくは、以下の4つの本質的要素

があると考えているのです。

◆ 楽しみをもって、

◆ 他人と競り合う刺激をもつ、

◆ 一定のルールによる、

◆ 心身の運動

だと考えています。

なぜ、

そのようにいうか、そして、「スポーツ」と「体育」はどう違うのかは、次の機会にしましょう。

みなさんの思いを、考えておいて下さい。

さて、一曲

緑萌える5月になったので、

まずは、鯉のぼりのうたです。

だれもが、幼稚園など、子どもの頃、歌ったことがありますよね。

でも、この歌、歌詞には、おとうさんと子どもだけで、おかあさんが出てこないんですね。

理由を知っていたら教えてください。

で、

鯉と言えば、プロ野球 Carp(カープ)、広島ですね。 

ぼくは、タイガースファンですが、カープも好きですよ。

 

やっぱり、敵はジャイアンツですかね!

 

今度も

最後まで読んでいただき、ありがとうございました 

2017(平成29)年5月1日  (11回)

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

<おまけのひとこと ふたこと>

  今日はメーデー

1886年5月1日、北米で、後のアメリカ労働総同盟(AFL)が、

第1の8時間は労働に

第2の8時間は休息に

第3の8時間は俺たちの好きなことのために

を目標に行われた労働運動が起源とされています。

 以前、ウクライナのキエフで見たメーデーの話を、そのうちに書かせてもらいます。

  国際政治、極東アジア、特に北朝鮮情勢、心配がないかと言えばウソになります。

ただ、ぼくは、基本的に楽観主義者なんです。

特に、

アメリカとソ連が核戦争を始めるんじゃないかと言われたキューバ危機ことを、真夜中までテレビで見ていて、よく覚えています(1962年)。

そして、それを乗り越えた人間の理性を信頼していますから、戦争特に全面核戦争になるようなことはないと、確信しています。

 それよりも、「守る平和」に対する「創る平和」について、これから一緒に考えていきましょう。スポーツは、「創る平和」に、とても大切だという考え方です。

平和学としてのスポーツ法

→269p 276p参照

  ついでに、Carp(鯉) ですが、日本や中国では、鯉のぼりや、鯉の滝登りとして、鯉のイメージは悪くありません。

  ただ、英米では食用にもされますが、泥(どろ)の中に住む魚として、イメージは良くなく、上等な魚とは評価されていないんですよ。

 もうひとつ、ぼくが住んでいる茨木市のとなり、高槻市の「芥川(あくたがわ)」で、毎年、確か青年会議所の若者中心にあつめた、たくさんのこいのぼりをワイヤーで結んで空に泳がせています。

なかなか壮観ですよ!

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