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2017年4月22日 (土)

スポーツと暴力5

こんにちは 

スポーツ弁護士のぶさんです。

今日は、スポーツと暴力5です。

暴力が

スポーツの平和創造機能とどう関係しているかは、

2020年までに、ぼちぼちと理解してもらうとして、

今回は、

著名な監督さんから頂いた、簡単な例について考えてもらった後で、

体罰・暴力の禁止 文化としてのスポーツ

につなげていきましょう。

4.指導者の態度 簡単な実例

 野球のある有名な指導者から聞いた話、

次のような例を考えてください。

(1) 野手のエラーがらみで失点したエースが、自軍のところに帰ってきて、

    不満で声を荒げ、チームの雰囲気が険悪になった。

<対応>

① エースと一緒になって、エラーした選手を責める。場合によって体罰を加える。

② エースに、「チームの和が乱れるから、今ここで言うな」、と諫める。

③ エースに、以前ファインプレーで助けてもらった事実の話をして、

   こちらの攻撃に向けて鼓舞する。

④ その他。

2) エースがホームランを打たれて逆転され、

    ダッグアウトに帰ってきたエースが、自身へのいらだちから、

    グラブを思い切りベンチにたたきつけた。

<対応>

① エースが冷静になるのを黙って待つ。

② チームメイトと一緒に、エースを慰め激励する。

③ グラブを拾い上げ、「グラブには責任無いのになあ。グラブが泣いとる。」

  といって、グラブをベンチに置く。

④ その他。

上記2つの例で、

指導者のどの態度が、どれが良いでしょうか。

また、皆さんは、

それぞれ④に、何か良い回答を入れることができますか?

とっさの時、

どう対応できるのか、指導者の力が試されますね。

もっと広く、人間としての力、人間力と言っても良いでしょう。

 優れた指導者は、

本音で、

勝ったら選手のお陰、負けたら監督の責任だといわれます。

ぼくは、

このことから優れた指導者になりたいと思う人に、次のことを提案します。

 本音でなくても良いから、

言葉としては不適切ですが、ウソでも良いから、

勝ったら選手のお陰、負けたら監督の責任といい続けてください。

 監督や指導者は、

言葉の魔術師・手品師とも言えます。

魔術や手品という言葉に抵抗があるかもしれないので、

別の言葉で言い換えますと、

監督や指導者は、

技術やフィジカル面での指導だけでなく、

医学・心理学・教育学・社会学・経営学・政治学など

の豊富な知識と学習、経験をもとに、

言葉や論理や態度で説明し教育する芸術家的側面

も有するのです。

5.体罰・暴力の禁止 文化としてのスポーツ

何度か書きましたが、

2012~2013年に発覚した、大阪桜宮高校全柔連女子

2つの体罰・暴力事件の後、

2013年2月14日

ぼくも所属する

日本スポーツ法学会の理事会は、

緊急アピール

「スポーツから暴力・人権侵害行為を根絶するために」

を、宣言しました。

そこでは、スポーツの世界での

1.暴力・人権侵害行為との決別

 

2.良きガバナンスとコンプライアンス(法令遵守)

を説明し、

以下の提言をしました。

(1) スポーツにかかわる一切の組織・団体は、

    暴力・人権侵害を排除する宣言をする。

(2) スポーツ団体等のガバナンスの強化と、

    関係者の法令遵守を徹底する。

 

(3) スポーツをする児童・生徒とアスリート等を守るために、

    救済を求める者が相談できる窓口を設置する。

 

(4) 公正中立な調査機関として、第三者機関を創設する。

 

(5) 倫理綱領の策定及びスポーツ基本法に、

    暴力の排除等の条項を追加修正する。

 

(6) 指導方法及び指導者養成システムを確立する。

 

その後、

2013年4月25日

◆ 公益財団法人日本体育協会

◆ 公益財団法人日本オリンピック委員会

◆ 公益財団法人日本障害者スポーツ協会

◆ 公益財団法人全国高等学校体育連盟

◆ 公益財団法人日本中学校体育連盟

5つの有力スポーツ団体による

「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」

が行われました。

 そこでは、

 

(1) 指導者

 

(2) スポーツを行う者

 

(3) スポーツ団体及び組織

それぞれに対する

暴力行為根絶への啓発を行うこと、

スポーツを全ての人が共有する文化として発展させて行こう

との決意が語られています。

具体的には、それぞれのHPなどで確認してください。

 いずれにしても、

スポーツ界で、

「体罰・暴力は許されない」というのは、

法的にも道義的にも歴史的にも、

全く揺るぎのない公理です。

 ただ、

それでも無くならないところに、

体罰・暴力問題の根深さと困難さがあります。

その理由として、

スポーツには

本来的に、暴力的要素、暴力との親和性があること、

 

人間の闘争本能やサディズム、マゾヒズム

との関連も考える必要があると思います。

 

 他方では、

指導される側も含む勝利への渇望、

勝利至上主義の問題、

短期間で結果を出さなければならない指導者の義務感・使命感・焦燥感、

親も含む周囲の過大な期待、

上記2件は違いますが、態度が悪く横着で生意気な生徒・学生の存在など、

さまざまな要因が考えられます。

 すばらしいと思われる指導者の中には、

指導者という言葉は、上から目線的で、あまり好きではなく、

一緒に目的地に導くとの語源のコーチ(Coach)という言葉の方が良い

という人もいます。

 

 スポーツ基本法は、

スポーツを世界共通の文化として位置づけています(前文冒頭)。

そして、

文化としてのスポーツを普及するための

必須条件として指導者の存在があるです。

これは、

指導、指導者という文言が、

スポーツ基本法わすか35条の条文中、

8つもの条文で使われていることからもうかがえます。

 したがって、

当然、

スポーツ指導者に、公費(国・地方公共団体)を

つぎ込む必要(義務)があります。

その意味では、

スポーツ予算における「指導者」のための費用についても、

大いに検討、議論すべきです。

 

 そして、

各スポーツ競技団体はもちろん、

国や地方公共団体としても、

優れたスポーツ指導者を育成するため、

さまざまな側面から

「指導者を指導するシステム」

の工夫をしなければなりません。

指導者の問題としては、

サッカーにおける指導者のランク付けや、

高校野球界での指導者養成講座「甲子園塾」など、

いろいろな問題がありますが、

2020年までの、また別の機会に話しましょう。

但し、

お急ぎの方は、

ぼくの「平成学としてのスポーツ法入門」(188p~)を読んでください。

 いずれにしても、

前々回も書きましたが、

「学ぶことを止めたら、教えることを止めなければならない」

(サッカーフランス代表監督 ロジェ・ルメール)の言葉

をかみしめたいと思います。

さて、今日の一曲

桜前線も北海道へ渡ったということです。

関西地方では、

散るさくら  残るさくらも  散るさくら

でしょうか。

追いかけるように新緑、若葉の季節です。

ぼくが

いつもカラオケで歌わせてもらう歌です。

杜の都 仙台

青葉城恋唄 さとう宗幸

<スポーツニュース>

 浅田真央 引退

 4月10日、フィギアスケーの浅田真央さん(26歳)が、

自分のブログで引退宣言しました。

 彼女は、

2006年のトリノオリンピックの直前の

グランプリ(GP)ファイナルで優勝したのですが、

「五輪前年の6月30日までに15歳以上」という、

五輪の参加年齢に足りず、

若すぎてオリンピックに出場できないという

「スポーツと平等」の問題を提起しました(前記、ぼくの平和学~本168p)。

 そのトリノ大会では、

荒川静香選手が、見事金メダルを獲得し、イナバウアーという流行語が生まれました。

真央さん(ちゃん)、お疲れさま、ありがとう。

 野美宇 アジア選手権優勝

4月15日 卓球の平野美宇選手(17歳)が、

中国無錫で行われたアジア選手権で、

世界ランク1位、2位を含む、自分より上位の中国3選手を破り、堂々の優勝。

彼女は、世界ランク11位。

すごい、おめでとう。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

スポーツと暴力は一旦終わりにして、

今度はスポーツに関する別の話をしましょう。

2017(平成29)年4月22日

スポーツ弁護士のぶさん こと

太陽法律事務所 弁護士辻口信良

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